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2014年6月20日金曜日

参ったこと

どうも!ゲンキのミナモトの中村【YAS】泰彦です。

デンバー滞在も4日目となりました。

27歳から33歳までバンクーバーとシアトルに住んでいて、アメリカのあちこちと日本を飛び回る生活をしていました。

その頃は全く感じなかったものが『時差ボケ』です。



当時は、どこからどこに移動しようと大概は一晩寝ればアジャスト完了でした。

40代初めの頃のワールドツアーの時もそれほど困った記憶はありません・・・

ところが、昨年のニューヨーク滞在の頃からアジャストに時間がかかるような気がしています。

今回は時差ボケに加えて来る時のフライトの寒さから風邪を引いたというダブルパンチ!

風邪は寝て治す派の僕としては寝られないのは致命的・・・

昨日までの体調の悪さには本当に参りました。

昨日はセミナー途中の時間と昼休みの時間を併せて2時間ほど昼寝

そして夜の会食の約束をお断りして早寝をして今朝まで10時間

併せて12時間の睡眠で風邪と時差ボケの両方を撃退できたようです。

時差ボケ・・・年齢とともに多少は仕方ないのかもしれません。

ただ、今後も世界中を飛び回る気が満々なので、良いアジャストの方法を模索しなくては・・・

どなたか良い方法がありましたら教えて下さい 

では、また!


2014年3月5日水曜日

かくということ

日曜日に大阪で仕事があったので早朝のフライトで大阪に移動することになって、機中でANAの機内誌3月号を手に取った。


相変わらず様々なライターさんが旅に関連するとても面白い記事を書かれているなぁ・・・と思いながら拝読。


そして、少し考えてみた。

僕も・・・


 〇 旅芸人と自称するぐらい毎週のようにあちらこちらへと伺っている


   → つまり、書くためのネタには事欠かないはず


 〇 ブログも頻度にムラはあるけれど10年ほど続けている

 〇 FacebookやTwitterなどにも頻繁に書き込んでいる


   → つまり、書くことはキライではない


 〇 本(小説、ビジネス書、エッセイなど)は何でも好きだし読んでいる


   → つまり、文章には数多く触れている


 〇 本も何冊か出している


   → 書くことはすでに仕事の一部でもある


なので、機内誌はムリとしてもエッセイやコラムも書くことができそうに思うのだけれど、不思議とそういう文章が頭に浮かんでこないことが多い。


去年からたまにこのブログにエッセイ風の文章を書いたりしているのだけど、どうも続かない・・・ (というか、そういうテーマを設定していたことを忘れていたりする 苦笑)

これはなぜなんだろう?


最初は才能がないのかなとも思ったのだけど、仕事がら才能のせいにして逃げたくはない、なので大阪に着くまで色々と考えてみた。


そして得た結論


その① 「そういう視点で物事を観ていない」


同じものを観ていても人によって得る情報は違います。


例えば料理を食べに行っても、料理人の方であれば料理の材料や調理方法に意識が行くだろうし、カメラマンであれば見え方や撮り方を考えるであろう。料理レポーターならば、どんなコメントを言うかを考えるのではないだろうか。


では僕はどういう視点で料理を観ているかと言えば、単なる食いしん坊としての視点しか持っていなかったような気がする。


だから、「うわースゴイ」「美味しい」など誰でも言えるようなコメントしか出てこないし、文章にできるほどの深みも出てこないのだと思うのです。つまり経験をネタとして観ていないで単なる経験の垂れ流しにしてしまっているということ。


これは、かなり「もったいなかった」かもしれない・・・


その② 「経験と努力の不足」


確かにブログは書いている、FacebookやTwitterなどでも文章は書いているし、本も出している。


でも、エッセイ的な文章は殆ど書いていません。


だから、当然にそういった文章になっていかないのだと思うのです。


その③ 「本気度の不足」


「腹が減ったら飯を食え」と度々言ったり書いたりしているように、何か叶えたいことがあっても思っているだけでは実現しない。思いは行動することで初めて叶う可能性が生まれる。


これは何だって同じ。


だからエッセイを書こうと思うのであれば、エッセイを書くこと、もしくはエッセイを読むことが大切だし、書いたものはどこかへ出してみることも大切です。

そう思ってネットで調べてみたら数多くの団体や企業がエッセイの公募を行っている。考えてみたら、こんなことも調べていなかった自分が悲しくなる。


講師業も同じですが、エッセイストや文筆家というのも資格がいらない仕事なので、自分で名乗れば今日から文筆家です。


なので・・・


※ 今日からは文筆家という意識も持とう!


◎ その視点で物事を観よう

◎ その気持ちで文章を書こう


◎ 2014年3月から12月の間に最低4つの公募サイトに応募してみよう。


・・・と、思います。


という訳で今日から、少しそんな気持ちで文章を書いてみたのだけど、どうだろうか?



2013年12月3日火曜日

機内誌

飛行機で移動することが多い。



機内での楽しみの一つが機内誌を読むこと。


以前、JAL派だったころは浅田次郎さんのエッセイが楽しみだった。



今は、すっかりANA派になって浅田次郎さんとはご無沙汰している。けれども、浅田さんのエッセイは「つばさよつばさ」という単行本になって発売されているので、それを楽しみにすることにした。


さて、ANAの機内誌は「翼の王国」。

こちらでは、吉田修一さんのエッセイも楽しんでいるけれど、各地の特集記事が良い。


旅芸人生活が長いので、結構各地にお伺いしているので、以前に行ったところが書かれていれば記憶と照らし合わせながら文書を楽しむ。


特集されている場所が行ったことのない街だったり、行ったことはあっても知らないスポットだったりした場合は、「次の機会にはいってみよう」などとメモしながら読むことも多い。


そして、まだ行ったことがないところが特集されているとアタマの中で脳内トリップが始まる。おかげで先月はフランスで冬のサーカスを楽しんだし、今月は香川県の沖之島の海を楽しむことができた。



しばし脳内トリップを楽しんだ後は決まって巻末の世界地図を眺める。



狭くなったとはいえ世界は広い。

これまでに行った国や地域は40強。友人知人の中でも多い方だと思うけれど、まだまだ行ったことのない国が多い。


脳内トリップは留まるところを知らずに広がっていく。


例えば、巻末の地図を見ていて「中央アジアって、どんなところなんだろう?」と思う。


そうすると、「そういえば、何年か前にタジキスタンからの留学生がワークショップに参加してくれたなぁ。彼のメールアドレスは記録してあったはず。彼に連絡したら面白いかもしれない。」「そうしたら、彼の友人なども紹介してもらって、なかなか見られない場所に案内してもらおう」などと、アタマの中で旅のアイデアはどんどん広がっていくのです。


イメージした場所全てに行くには、時間もお金も足りないので、アタマの中で楽しむだけの旅がほとんどなのだけど、それでも旅は楽しいものだと思う。


そして、こんな風に日ごろから旅を意識していると、ちょっとしたきっかけで実現したりするのも不思議なことだ。

40強の国や地域に行ったことかある割に縁がなかった近くの国の一つが中国。


某企業さんにお招き頂いて来年の2月に上海にお伺いすることになり、すでにアタマの中では上海への脳内トリップが始まっている。


やはり旅は楽しい

さて、問題です!


下の写真はどこで撮ったものでしょうか??


ゲンキのミナモト














2013年11月18日月曜日

旅の楽しさについて

今月は前半はバハマとニューヨークにいましたが、その後も月末まで大阪、沖縄、福岡と旅芸人生活が続きます。

「旅芸人」と自称している通り、出張が旅に含まれるのかは別にして、ここ数年は旅に出ていることが多い毎日を過ごしています。


たいがいは移動→仕事→宿泊→移動→仕事・・・という慌ただしいスケジュールなのですが、旅が好きな僕はこんな慌ただしい旅も嫌いではありません。


旅は楽しい


違った土地で違ったものを目にできる楽しさ

違った人たちと出会える楽しさ

違ったものを口にできる楽しさ

違った環境に身を置くことで違った考えが浮かぶ楽しさ

そして、普段とは違った時間の過ごし方ができる楽しさ


色々な楽しさがありますが、僕が一番楽しいのは事前にあれこれと考えながら計画し手配をしている時です。


どんな交通手段で行こうか

どの時間帯に移動しようか

ホテルはどこにしよう

どんな風に時間を過ごそうか

もちろん、仕事で伺う場所がほとんどなので自由にアレンジできないことが多いのですが、それでも何らかの手配は発生する訳で、その時に頭の中でイメージをしている時、これが本当に楽しいのです。


現地でイメージを検証すると、イメージ通りのことも勿論あります。

しかし、「名物に美味いものなし」「世界3大がっかり」「日本3大がっかり」のようにイメージとは(悪い意味で)違うこともあるし、逆に良い意味でイメージとは違うこともあります。


ちなみに、世界3大がっかりは「シンガポールのマーライオン」「ブリュッセルの小便小僧」「コペンハーゲンの人魚姫」と言われています。僕は3都市とも行ったことがありますがマーライオン以外は時間が取れずに見ることができませんでしたので、どれだけがっかりなのかも知りません。

それに比べれば「実物を見てがっかりできた」っていうのは羨ましいものです。


逆にイメージより良かったことも、もちろん沢山あります。いずれにせよ、この事前のイメージを検証するというのが楽しいのです。


最近では初めて伺う土地と言うのが減って来たので、イメージする楽しみは減ってきました。

今年も残すところ1ヶ月少々となりました。
年末までに伺うのは大阪、博多、神戸、沖縄、盛岡、岡山、札幌の予定。恐らく2回目の訪問になる岡山以外は、比較的頻繁に訪れている都市ばかりです。


だからイメージできる余地は少ないのですが、例えば「大阪で初めて参加する会合の様子はどんな感じだろう」「この時期に初めて訪れる札幌の寒さはどれ位なんだろう?雪は積もっているのかな?」「今度宿泊する博多のホテルはどんなところだろう」など、あれこれとイメージは湧いてきます。

今日は、そんな風にイメージを楽しみながら年末までの旅の手配をしようと思います。



2013年11月1日金曜日

雲

機窓から空を見ているのが好きだ

雲は水分のかたまり(という表現はおかしいが)とは思えないほど様々な表情を見せてくれる。

そして、その上にある空の様子。
時として太陽が彩りを添えることもある。

オーバーナイトのフライトで雲の向こうから太陽が上るのが見れた時の美しさは感動覚えるほどなのだが、残念なことに寝つきの良い僕は夜間のフライトは飛び立って間も無く寝入ってしまい、着陸間際まで寝ている… そういうわけで、感動を覚えるほどの美しさを見逃してしまうことの方が多い。

そう、僕は寝つきがすこぶる良いのです。

ある時など、成田から香港に行く時に離陸前の成田で寝入ってしまい、着いたら香港だったことがあった。香港までのフライト時間を考えると、6時間以上は眠っていたことになる。

別の時はロンドンから成田まで食事もとらず、トイレも行かず、ずっと寝ていたということもあった。この時など、帰ってきてから時差ぼけとは別の意味で眠れずに苦労した記憶がある。

飛行機の中で本格的に寝てしまうと食事や映画、思索の時間など様々なものを逃してしまう。

見逃したと言えば、10年ほど前に国際会議に出席するために仲間と成田からコペンハーゲン行きのフライトに乗った時、前日までのスケジュールと搭乗前に寿司屋でいただいたアルコールで僕は例によって早々に熟睡してしまたのだけど、寝付かれなかった仲間の一人が降機してから大興奮していた。

曰く、機窓からオーロラを見たとのこと

ロシアの上を飛んでいくフライトなので見られることもあるのだろう。

それは良かったと羨ましさを隠せずに伝えた後に、それにしても起こしてくれても良かったのに…と付け加えると、あまりの熟睡度に起こすのが申し訳なかったとのこと。

映画はそのうちにレンタルで見られるし、食事も別に機内で食べなくても良い。

しかし、オーロラは別のところで見るという訳には行かないし、もし見るとしたらカナダのイエローナイフやグリーンランドなどで極寒の中を耐える覚悟が必要らしい。

普段は寝つきの良さは取り柄だと思っているのだけど、この時ばかりは自分の寝つきの良さと眠りの深さが残念に感じた。

中には飛行機の中では眠れないという人もいて、それはそれで辛いらしいから寝つきが良いのは恐らく良いことなのだろうと思う。それにしても飛行機に乗ると睡眠薬でも飲んだかのように眠気が襲ってくるのはなぜなのだろう?

同じく機内では爆睡する友人などはエアに睡眠ガスが入っているに違いないと言っていたけれど、まさかそんなことがあるはずはないし…

恐らく、電話もメールも遮断されていて、とにかく何かに追いかけられることはないという安心感が眠気につながるのだと思う。逆に眠れないとう方は空を飛んでいるということが不安なのではないだろうかと考えている。

僕の場合は飛行機を降りてから、數十通、フライト時間によっては100通を超えるメールやらメッセージやらに愕然として、一気に眠気から覚めるというのがいつものパターン。

さて、このフライトを降りたら何通のメールが待っているか?

嬉しいお知らせがあると良いなぁと思いながら、珍しく機内で起きていて機窓から外を見たらサンタクロースがクリスマスに向けてトナカイのトレーニング中だった。

それを見て自分が寝ていたことに気づいたってのもなぁ…

photo:01



2013年10月27日日曜日

お金の話

海外の紙幣をしまっている財布がある

大きな金額の紙幣は両替したり、国によっては(再両替不可などの理由で)現地で散財してくるので、恐らく少額紙幣なのだと思うが、意外とかさばっているものだ。

机の上に全て出してみた。

こうして見ると、結構興味深いものだ。

あー、この通貨はどこので、こんな思い出があるなぁ

あれ?これってどこのだろう?と、思うようなものもある。

ものによっては、例えばクロアチアやデンマークのように僕が行った後にはEUに加盟したので、今はユーロが流通しているなど、すでに流通していないものもある。

今度はそれが気になってインターネットで調べて見たり…色々と妄想しながら、紙幣を眺めていたら、あっと言う間に小一時間が経過してしまった。

そして、ふと我に帰る

そもそも、何故この財布を出したかと言うと、アメリカドルの紙幣はないかなと思ったから。

でも肝心のアメリカドル紙幣は10ドル札1枚が見つかったのみ

という訳で、今回の旅は空港での両替からスタートすることになった。

もともと、次にまた来れるようにと思って紙幣をとっておくことを始めたのだから、再両替したり散財してしまったら、もう来ないよという意味になってしまう。

しばらくぶりのアメリカだけど、今後はもっと行くこともありそうだし、今度は再両替したり、散財しないでとっておこうと思う。

photo:01



2013年10月26日土曜日

ことばについて

コミュニケーションの話になると思い出す光景がある。


とある出張の帰りのフライトで、赤ちゃんを抱いたお母さんの隣席になった。

とてもおとなしい赤ちゃんで、泣くこともなく静かに周りをキョロキョロと見回して笑ったり、なにやらつぶやいたりしていた。


赤ちゃんは、『あ~』とか『だ~』しか言えないのだけれど、しっかりとお母さんと会話をしている。


そして、お母さんも赤ちゃんも、とても幸せそうな表情をしていて、見ているこっちまで微笑んでしまう。


そんな光景だった。


飛行機に限った話ではなく、レストランや公園でも見かける風景なのに何故か心に残っているのが不思議なのだけど、その時の僕の心に響く何かがあったのだと思う。


ところで、僕たちの仕事は何かを伝えることなのだけど、言葉に頼りすぎることがコミュニケーションを難しくしているのかもしれないとも考えている。


だから、研修の場では「言葉以外のもので」表現してもらうことが多い。


最初は戸惑っている人も、しばらく経てばすぐになにかを書き出す。


「絵心がなくて…」なんて言っていた人には、「では、文章なら名文が書けるの?」なんて突っ込みを入れたりして、その時のテーマについてとにかく描いてもらう。


自慢ではないけれど、僕も絵心は全くない。


だから、みんなから見えるところに大きな紙を貼り出して、そこに思いっきり描いているのを見せたりもずる。

そうすると、みんなが安心するようで、しばらくすれば結構楽しそうな表情で描いているのが面白い。


ある時、企業の研修で「自分を表現する」というテーマで同様のワークをしてもらった時、制限時間ギリギリまで考え込んでいる方がいた。「描けないのかな」と心配しながら見ていたのだけど、制限時間間際にいきなり紙をグシャグシャに丸めて、それを広げ、再度丸めて広げるということを繰り返し始めた。


最後はその紙を広げて、紙についた折りしわや破れなどを使って上手く自分を表現していたのを思い出す。


毎回テーマは異なるのだけど、出来上がった作品から様々な考え、想い、気持ちが伝わってくる。


伝えたい気持ち、想い
分かって欲しいこと


これを伝えるのに、うまい言葉なんていらないのだと思う。


人に何かを伝える仕事だからこそ、言葉や表現ということに敏感なのだとは思う。そして、僕たち大人は言葉に頼りすぎているのではないだろうかとも思う。


ゲンキのミナモト



2013年10月25日金曜日

特別な響き

子どもの頃にテレビで見たI Love New Yorkキャンペーンの影響なのか、この街の名前には何か特別な響きを感じる。


初めて訪れたのは大学生の時だったと思う。

JFK空港に着いた僕は、今なら絶対に餌食にならないような白タクの洗礼を受けてマンハッタンのホテルに着いたのを覚えている。


大学生の一人旅、何だか自由な旅で、一日中五番街の教会の前の階段で本を読みながら日向ぼっこをしたり、近代美術館を見たりしたことを思い出す。


大学の卒業旅行はアメリカ。


友人の友人を紹介してもらってホームステイしたり、中部から東海岸をぶらつく旅行だった。この旅の途中で日本から来る大学時代のラグビー仲間と友人とニューヨークで待ち合わせをした。


初めてミュージカルを観たのが、この時だった。


演目はスターライトエクスプレス


機関車が生き残りをかけて競争するという分かりやすいストーリー、雰囲気で流れを追っていけるので英語が苦手な友人たちも楽しんでいた記憶がある。


その後、シアトル時代には取引先がニューヨークとニュージャージーにあったこともあって、かなり頻繁に滞在した。

愛娘の愛犬エリも何回も連れて行った。

彼女とセントラルパークの周りを散歩していたら、馬車の馬に戦いを挑んだなんてこともあったな。


日本で観たオペラ座の怪人を本場で観たくなって、どうにかチケットを手配したら日本以上の感動で大満足だったこともある。

初めてオペラを観たのも、この街のリンカーンシアター、もっとも内容は全然分からずに雰囲気だけを楽しんだ。(寝てしまった記憶もある)


ワールドトレードセンターには取引先がいたので、何回も行ったし、当時は今ほどは開発されていなかったトライベッカ地区のアパートの投資話なんていう怪しい案件もあったことも思い出す。

そういえば常宿にしていたアルゴンキンホテルの支配人さんには、ずいぶんとお世話になった。あの後にメキシコに赴任されたと聞いた気がするけれど、今はどこにいるのだろう?お元気でお過ごしだろうか?


他にも馴染みのレストランとか、お気に入りのカフェとか、場所も名前も覚えていないけれど色々とあったなぁ…。

ニューヨーク、住んだところ以外では一番多く滞在している街の一つ。


当然に数多くの思い出があるし、色々な意味で影響を受けていると思う。


シアトルの7年が終わってからは旅行といっても不思議とアメリカの名前は挙がらずに、実は本土には駐在以来一回も滞在していない。


恐らく、随分と状況が変わったことだろう。


今回、エマジェネティックスの世界大会がニューヨークで開催されることになり、十数年ぶりにニューヨークに行く。


フリーな時間はあまりないけれど、ワールドトレードセンターの跡地のメモリアル センターには必ず行こう。


Facebookでつながった何年も会っていない友人とも食事の約束をした。


街の雰囲気を味わいたくて、わざわざホテルはコンベンションの会場から少し離れた場所を選んだ。


そうやって、少しでもビッグアップルを楽しんでこようと思う。


ニューヨーク、恐らく今でも僕にとっては特別な街のひとつ。


ゲンキのミナモト

           【学生時代の卒業旅行】