2013年10月26日土曜日

ことばについて

コミュニケーションの話になると思い出す光景がある。


とある出張の帰りのフライトで、赤ちゃんを抱いたお母さんの隣席になった。

とてもおとなしい赤ちゃんで、泣くこともなく静かに周りをキョロキョロと見回して笑ったり、なにやらつぶやいたりしていた。


赤ちゃんは、『あ~』とか『だ~』しか言えないのだけれど、しっかりとお母さんと会話をしている。


そして、お母さんも赤ちゃんも、とても幸せそうな表情をしていて、見ているこっちまで微笑んでしまう。


そんな光景だった。


飛行機に限った話ではなく、レストランや公園でも見かける風景なのに何故か心に残っているのが不思議なのだけど、その時の僕の心に響く何かがあったのだと思う。


ところで、僕たちの仕事は何かを伝えることなのだけど、言葉に頼りすぎることがコミュニケーションを難しくしているのかもしれないとも考えている。


だから、研修の場では「言葉以外のもので」表現してもらうことが多い。


最初は戸惑っている人も、しばらく経てばすぐになにかを書き出す。


「絵心がなくて…」なんて言っていた人には、「では、文章なら名文が書けるの?」なんて突っ込みを入れたりして、その時のテーマについてとにかく描いてもらう。


自慢ではないけれど、僕も絵心は全くない。


だから、みんなから見えるところに大きな紙を貼り出して、そこに思いっきり描いているのを見せたりもずる。

そうすると、みんなが安心するようで、しばらくすれば結構楽しそうな表情で描いているのが面白い。


ある時、企業の研修で「自分を表現する」というテーマで同様のワークをしてもらった時、制限時間ギリギリまで考え込んでいる方がいた。「描けないのかな」と心配しながら見ていたのだけど、制限時間間際にいきなり紙をグシャグシャに丸めて、それを広げ、再度丸めて広げるということを繰り返し始めた。


最後はその紙を広げて、紙についた折りしわや破れなどを使って上手く自分を表現していたのを思い出す。


毎回テーマは異なるのだけど、出来上がった作品から様々な考え、想い、気持ちが伝わってくる。


伝えたい気持ち、想い
分かって欲しいこと


これを伝えるのに、うまい言葉なんていらないのだと思う。


人に何かを伝える仕事だからこそ、言葉や表現ということに敏感なのだとは思う。そして、僕たち大人は言葉に頼りすぎているのではないだろうかとも思う。


ゲンキのミナモト



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